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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)106号 判決 1985年4月18日

上告人 宮道寿

被上告人 豊橋税務署長

代理人 崇嶋良忠

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中尾成の上告理由について

本件記録及び原審の適法に確定したところによれば、上告人は、昭和四三年四月ないし一一月に原判決別表番号1、2の各農地の譲渡契約を締結し、同年中に右契約に基づき各譲渡代金の全額を収受した上、これにつき当時の租税特別措置法三八条の六の規定による事業用資産の買換えの場合の特例の適用を受けるべく、その収入金額を譲渡所得の総収入金額に算入して、同年分の所得税の確定申告をしたことが明らかである。かかる事実関係の下においては、右各農地の譲渡について、昭和四三年中に農地法所定の知事の許可がされていなくても、同年中に譲渡所得の実現があつたものとして、右収受した代金に対し課税することができるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢口洪一 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 高島益郎)

上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

農地に対する譲渡所得の帰属年度について

一、原判決は、農地の譲渡所得の帰属年度について「旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税に当つて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することにしたものであることにかんがみれば、農地の売買について農地法所定の知事の許可のある前であつても、すでに契約に基づき代金を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算することは違法ではないというべきである。本件農地売買契約においても、控訴人は右売買契約に基づき本件係争年中に代金を取得しているのであるから、未確定とはいえこれを自己の所得として自由に処分することができるのであつて、右金員の取得により、既に右契約が有効に存在する場合と同様の経済的効果をおさめているわけである。従つて税法上は右代金の取得により所得が実現されたものとしてこれに対し課税しても違法とはいえない」と判示される。

二、旧所得税法が権利確定主義を採用している理由については、右判示のとおりであつて何ら異論はない。

譲渡所得とは、その資産の増加益をいい、これに対する課税は、その資産が所有者から他に移転されるのを機会に、その時点でこの増加益に課税しようというものである。したがつて、当該資産が他に譲渡された時点において課税原因が発生するというべきである。農地の所有権の譲渡にあつては、農地法所定の知事の許可を法定要件とするものであるから、この許可があつて初めて譲渡の効力が生ずるものである。許可のない限り譲渡の効力は生じない。すなわち譲渡はないのである。

このことは、たとえ譲渡契約が結ばれ、かつ許可前に契約に基づく代金の全部または一部を譲渡人が収受した場合においても異ならないというべきである。譲渡がないのに譲渡所得として課税されるいわれはないのである。

三、原判決は前記のとおり「農地の売買について農地法所定の知事の許可のある前であつても、すでに契約に基づき代金を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときは、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算することは違法ではない」と判示されるが、もしこの見解をとれば、行政庁としては、知事の許可のあつた日の属する年分すなわち、権利の確定した年分の収入金額として課税するか、また、代金を収受した日の属する年分の収入金額として課税するか自由に任せられることになり、高負担の課せられる年分の所得として課税することも可能になり、まさに行政庁の恣意を許す結果となる。権利確定主義は、納税者の恣意を許さないのと同時に、行政庁の恣意をも許さず、一義的に収入金額計算の時点を定め、課税の公平を期するためのものというべきである。

四、原判決別表番号1、2の各土地はいずれも農地であるところ、いずれも昭和四三年中に売買契約が結ばれ、同年中に契約に基づく代金全額が収受せられているが、1の土地については昭和四六年中、2の土地については昭和四五年中に農地法所定の知事の許可があつたから、右土地の譲渡にかかる所得の計算は、各許可のあつた年分の収入金額として所得を計算し課税すべきものである。

五、右土地の譲渡について、昭和四三年分の収入金額として所得を計算し、課税処分をした被上告人の本件更正処分を適法とした原判決は、旧所得税法の解釈適用を誤つたものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるというべきである。 以上

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